香港の真実

行政長官林鄭月娥は「香港の真実」と書かれた文字を背景に記者会見に臨み、独立監察警方処理投訴委員会(監警会、IPCC)による警察のデモ対応報告書について高説を垂れた。

傲慢も甚だしい。

「真実」という言葉には、ある種の哲学か宗教的ニュアンス、或いは極まった絶対的な意味合いが含まれる。ジャーナリストは常に真実を追い求めるが、「真実」を把握したと断言した者が極めて稀で、いくつかの「事実(fact)」を確認できればありがたいことである。

「真実への探究」は歴史学者の責務でもある。『歴史とは何か』の著者である歴史学者エドワード・ハレット・カー(Edward Hallett Carr)でさえ「真実」という言葉を安易に口にしなかった。なぜなら「事実」とは実に千差万別であり、時には不完全であり、時には互いに矛盾しているからである。歴史学者にできることは、「真実」により近づけるよう、広く受け入れられている「核心的な解釈(core interpretation)」を提供するために、ただただ歴史的事実を蒐集し、混交した玉石を峻別することのみ。

香港の真実?その事実とは、「香港の真実」というスローガンの前に立つ林鄭月娥が行政長官選挙において、たったの777票で当選し、現在の支持率は僅か17%しかなく、統治の正統性は時がたつにつれて弱まっていること。

香港の真実?その事実とは、正統性を失い権力を貪る政権が自分自身の悪行の数々を糊塗するための方便に「真実」をキーワードとして利用し,市民を「真実」について「啓蒙」していること。小說『1984』の真理省が形を成しつつある。政府が事ある毎に「真実」、「真実」と宣うことはまさに「真実省」がやっていることである。

香港の真実?その事実とは、林鄭月娥の統治は3万人の警察力に頼り切り、立法会の運営も警備員として働いている元警察官に依存していること。

香港の真実?その事実とは、監警会が招聘した5人の外国人専門家は全員、当局への不満を顕にし、専門家パネルを辞任したのみならず、監警会の報告書を「新たなる真実(New Truth)」と痛切批判したこと。 その事実とは、報告書に記載されている内容の多くは事実と乖離していること。監警会は自己矛盾しており、調査権限を有しないながらも、警察の見解を信憑性があるものとして是認している。

香港の真実?その事実とは、「人民の感情に配慮する」ために、教育当局が大学入試の歴史科問題を取り消したこと。その事実とは、教育を司る首長は「いくつかの歴史の出来事は公の場に議論してはならない」、歴史教育は「生徒に国民としての感情と民族への帰属意識を持たせるためのもの」だと公言したこと。

その事実とは、教育を標的にした、文化大革命で行われた「批鬥」が既に始まり、政府は公務員において「粛反(反対派の粛清)」を行い、立法会において警備員という武力を以て立法権を簒奪し,目の上のたんこぶである公営放送機関香港電台を懲らしめ、ジャーナリストを従わせ、公衆衛生上の「集合禁止令」を濫用し、デモ活動を根絶やしにすること。その事実とは、党幹部の「動員命令」が下された途端、長年潜伏した傀儡たちが挙って姿を現し、競うように主人に忠誠心を示すかの如く、市民を弾圧するのに権力を恣に濫用していること。

香港の真実?1000ページにも及ぶ監警会の報告書を読むと良い。「真実に関する記者会見」の燦々たる背景を見ると良い。その事実とは、権力も資金も人的資源を有する政府がまばゆいばかりの「真実」を作り出す力を持ち合わせていること。

関連文章(繁体字中国語):

區家麟 – 香港的真相

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